毎日、家のことをちゃんとやろうとしていませんか?
ごはんを作って、片づけて、洗濯して、掃除して。
終わったと思っても、次の日にはまた同じことが始まります。
疲れている日は後回しにすればいい。
頭では分かっているのに、
「これくらいはやらなきゃ」
「ちゃんとしておかないと」
と、なかなか放っておけない。
私もそうでした。
家事は、自分がやるもの。
できることなら、ちゃんとやるもの。
でも50代になってから、少しずつやり方を変えました。
毎日掃除機をかけない。
洗濯物は、たたまなくていいものはたたまない。
ごはんも、何品も別々に作らない。
家事をやめたわけではありません。
「全部ちゃんとやらなきゃ」を減らしました。
するとラクになったのは、家事そのものより気持ちの方でした。
この記事では、私が実際にやめたこと、ラクな方法に変えたことを書きます。
「やらなきゃ」に追いかけられる毎日を少しラクにして、自分の時間もちゃんと残す。
そんな50代の楽しく生きるヒントになればと思っています。
なぜ、家事はこんなに「やらなきゃ」が増えるのか
家事は、一度やれば終わりではありません。
ごはんを作って片づけても、次の食事がくる。
洗濯物をしまっても、また洗濯物が出る。
掃除をしても、またほこりはたまります。
だから、一つ終わらせても「全部終わった」という感じになりにくい。
それなのに、
「掃除もしなきゃ」
「洗濯物も片づけなきゃ」
「そろそろごはんも考えなきゃ」
と、まだやっていない家事の方ばかりが頭に残ります。
私も以前は、「あれもこれもやらなきゃ」と、
自分で家事を増やしているような感覚がありました。
家事そのものより、ずっと頭の中に残っている「やらなきゃ」の方が、私にはストレスでした。
その「ちゃんと」、誰が決めた?
家事は、やらないと困ることもあります。
着るものがなくなれば困るし、洗っていない食器がたまれば困る。
汚れが気になれば、掃除も必要です。
でも、そこから先はどうでしょうか。
洗濯は必要です。
でも、靴下まできれいにたたむ必要はある?
掃除も必要です。
でも、毎日家中に掃除機をかけないとダメ?
ごはんも必要です。
でも、毎回何品も作らないと「ちゃんとした食事」にならない?
少なくとも私の場合、誰かに「そこまでやって」と頼まれたわけではありませんでした。
自分の中で「家事はこうするもの」を、いつの間にか増やしていたんです。
洗濯物をきれいにたたんでも、靴下の性能が上がるわけではありません。
だから今は、家事を見るときにこう考えます。
- これは本当に今日やる必要がある?
- この工程、なくしても困らない?
- もっとラクなやり方に変えられない?
私が「ちゃんとやる」をやめた家事
掃除、洗濯、料理、キッチンまわり。
「これ、本当に毎回やる必要ある?」と見直して、少しずつ家事の工程を減らしました。
掃除は、1日1か所でもいい
今は、毎日掃除機をかけていません。
5分だけ。1か所だけ。気になったところだけ。
お風呂に入ったついでに、気になるところを少しこすることもあります。
一度に全部終わらせるのではなく、「ちょっとをコツコツ」に変えました。
洗濯は、たたむ・運ぶを減らした
洗濯も、「洗う・干す・たたむ・しまう」を
全部丁寧にやる必要はないと思うようになりました。
わが家では洗剤は自動投入。
私が入れるのは漂白剤くらいで、乾燥できるものは乾燥まで洗濯機に任せます。
ハンガーで干した服は、乾いたらそのままハンガーラックへ。
靴下や下着は、たたみません。
洗濯機の近くにある収納棚へ、そのままポイッです。
洗濯ネットでもあらかじめ仕分けています。
洗濯そのものより、洗った後の「運ぶ・たたむ・しまう」を減らしたことで、
かなりラクになりました。
料理は、何品も別々に作らない
ごはんも、毎回何品も別々に作ろうとすると大変です。
今は、できるだけフライパンひとつで作れるワンパン料理。
せいろを使う日は、下の段に肉や根菜類、
上の段には比較的火が入りやすいものを入れています。
さつまいもを蒸して、ジョイと分けて食べることもあります。
味付けは、すりごまを入れたポン酢。
チーズを一緒に蒸して、チーズフォンデュにする日もあります。
一度に何品か作れるし、使った後のせいろはすすいで乾かすだけなので、
洗い物も少なくて済みます。
料理そのものだけでなく、「今日は何を何品作ろう」と考える時間まで減りました。
キッチンは、洗い物そのものを増やさない
食器洗いは、早く終わらせることより、
最初から洗うものを増やさないようにしています。
料理をしながら、使い終わったものを少しずつ洗う。
調理途中の「ながら洗い」です。
食洗機もあります。
ただ、一度予洗いがいるので、毎回使っているわけではありません。
食べ終わった食器も、「食べたらすぐ全部洗わなきゃ」とは思わなくなりました。
すぐ洗えない時は、なるべく水につけておく。
三角コーナーも、容器を洗うタイプはやめました。
今は使い捨てネットを引っ掛けて、ゴミがたまったらネットごと捨てます。
排水口も、以前のゴミ受けを外して、
リングに使い捨てネットを掛ける形に変えました。
ネットを捨てたら、洗うのは排水の栓とその周りくらいです。
「ゴミを受ける器具を洗う」という家事そのものをなくしました。
一つひとつは小さなことです。
でも、毎日の家事はその小さいことの集合です。
一工程なくなるだけでも、積み重なるとかなり違います。
「やらされる家事」から「自分で選ぶ家事」へ
家事をラクにして、一番変わったのは時間より気持ちでした。
以前は、家事を後回しにすると「まだやっていない」が頭に残っていました。
掃除もしなきゃ。
洗濯も片づけなきゃ。
あれもこれも。
誰かに言われているわけではないのに、
どこかに「やらなきゃ」という使命感があったんです。
今は、家事を後回しにしても罪悪感はほとんどありません。
掃除機をかけたいと思えばかける。
今日は気にならなければ、やらない。
5分だけできそうなら、5分だけやる。
「やらされている」から「自分で選ぶ」へ。
同じ掃除でも、同じ洗濯でも、私にはこの違いがかなり大きかったです。
家事のやり方を変えてから、家族に何か言われたことも特にありません。
「やっぱり前のやり方に戻そう」と戻した家事も、今のところありません。
最近は、年に一度の大掃除くらい、
キッチンやお風呂を家事代行に頼んでみてもいいかなと思うようになりました。
まだ実際には使っていません。
でも、「自分でできるなら自分でやる」だけが選択肢ではなくなりました。
家事の量がゼロになったわけではありません。
でも、頭の中で家事に追いかけられる感じは減りました。
少し空いた時間は、自分の好きなことに使っています。
自分のための時間だったり、ジョイと過ごす時間だったり。
家事を全部終わらせてからではなく、
自分の時間もちゃんと一日の中に残すようになりました。
まとめ|「ちゃんとしなきゃ」を一つ減らす
家事は、なくなりません。
掃除も、洗濯も、ごはん作りも、片づけも。明日になれば、また何かしらあります。
私がやめたのは、家事そのものではありません。
「全部ちゃんとやらなきゃ」という気持ちでした。
全部変えなくてもいいと思います。
まずは今日ひとつだけ、
「これ、毎回ちゃんとやらなくてもいいかも」
と思える家事を見つけてみる。
私は、少し空いた時間を自分の好きなことや、ジョイとの時間に使っています。
家事のためだけに一日を使わなくてもいい。
50代の今は、そう思っています。



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