※当サイトはアフィリエイト広告を利用しています。

☕ 丁寧な暮らしをやめたら、なぜか整い始めた50代の話

整える暮らし

丁寧な暮らしに憧れていた。

朝は白湯を飲み、昆布と鰹節で出汁をとり、季節の野菜を使った副菜を並べ、シンクは毎日ピカピカ。

そんな暮らしをしている自分を想像していた。

実際の私はというと、

朝起きて最初にすることは「あと5分…」である。

理想と現実の距離が徒歩では埋まらなかった。

なので、やめた。

出汁をとるのをやめた

昆布と鰹節で出汁をとる。

確かに美味しい。

美味しいんだけど、

朝の私はまず目が開いていない。

出汁の香りを楽しむ以前に、人として起動していない。

今は無添加の出汁の素を使っている。

3秒で完成する。

文明の勝利である。

お弁当をやめた(のっけ弁にした)

昔のお弁当はすごかった。

卵焼き。副菜。彩り担当のブロッコリー。謎の隙間埋め要員。

毎朝、「ちゃんとしてるお母さん選手権」に一人で出場していた。

誰も開催していない大会なのに。

試しに娘に聞いてみた。

「最近のお弁当どう?」

「おいしい!」

昔も聞いたことがある。

「おいしい!」

つまり私は長年、誰にも求められていない努力をしていた可能性が高い。

メニューを固定した

朝は味噌汁、ゆで卵、お弁当を作るついでに残ったフルーツ。

昼は朝の味噌汁の残りと、もち麦ご飯にお弁当のおかずの残り、納豆を足すだけ。

毎日同じ。判を押したように同じ。

「今日何食べよう」という悩みが、私の人生から完全に消えた。

平日は固定メニューで回している。土日は外食したり、飲みに出たり、食べたいものを食べる。
もっちゅりんのために並ぶこともある。

やめたら、なぜか整ってきた

丁寧な暮らしは素敵だと思う。

でも私には、頑張り続ける暮らしより、続く暮らしの方が向いていた。

出汁は出汁の素。夜ごはんはせいろ。お弁当はのっけ弁。

それでも家族は普通に食べるし、私は前より元気だ。

最近ちょっと思う。

整えるって、頑張ることじゃなくて、頑張らなくても回る仕組みを作ることなのかもしれない。

ジョイ「僕は11年間ずっとその方式です🐩」

それでは、また🍵

コメント